自分のルーツの旅
27日のebisuのlife force liveの録音を聴きながら日記書いてます。
この一週間なかなか忙しく充実してました。
27日のライブもとてもよくebisuの音楽すごくすごくいいなあ。
これからもいろんな人にebisuの音楽感じてもらおう。
お客さんからは、瞑想してるようだねって言ってもらえた。
音楽で瞑想ってすごくすごくいいよ。
そういえばマイミクの影虎さんもそう書いてたな。
小乗仏教でも大乗仏教でもなく、音乗仏教ってのを昔考えたことがあったけど、そんな感じ。
音の乗り物に乗って大きなものとつながるような感覚。
大きなもの(地球とか宇宙)の一部分を自分は(自らの分として)なしているんだと感じられる。
そういう安心感を感じられる。
音楽と一体になるというか、音を感じてる空間と区別がなくなるというか、全くの無ではないけど、つながってることを感じられる。
空気や時間や水や食べ物や目に見えないけど過去の時間の存在に対する想いやいろいろ。
きっとじぶんでも分かってないことだからね。
ほんと音楽は気持ちがいいってことそれだけなのかもしれないけど。
そして、ライブ終わって終電逃して、夜の海で一人、唄を唄う。
ここちいいな。
波の白い砕けたところだけ見える、幻想的。
波にも魂いるみたいなね。
風にも魂いるよね。
おとたまかな。
よく分からないけど、音を奏でるとコミュニケーションできるかのようだよ。
感じること、想像すること、いつか風になり、波になること。
何にでもなれるよ。
そういう想像力持ってたいな。
日曜日は実家に娘のあかりと奥さんと三人で始めての帰省。
実家から私の母の運転で20分くらいかな、茨城の筑波山の近くの天引観音に行って来ましたよ。
安産のお札のお返しと護摩祈願もしてもらいました。
四人で護摩祈願、この日は大安ですごい人でした。
お寺の中がいっぱいで私達は特別に大きな大きな太鼓(2メートルくらいあるかな)の直ぐ横で受けることになりました。
太鼓の音かなりでかく、体が音と一緒に振動してるのが分かる。
その音にお経が重なる。お経に太鼓が重なってるのかなもうよくわからない。
私は一人心地よくなっていたけど、娘のあかりは奥さんが耳を押さえるほどの音の大きさでした。
こんな家の近くにすばらしいところがあるのだと感動して帰ってきました。
実家ではもういいよって程のおもてなしと、歩いて1分のお墓にお参りとまた少し歩いて村を守ってくれてるお地蔵さんにお参り。
筑波山がいい感じで見守ってくれてる場所。
いいところで育ったんだと改めて実感してきました。
ルーツがここにあるんだって。
神様がすごく身近なんだ。
ありがたいこと。
そういえば、お盆にはちょうちんもって、迎えに行くんだご先祖様。
お墓で火をつけて家まで案内するの。
そういうの大事にして生きたい。
気づかなかったけど、久しぶりに帰って自分のルーツを感じました。
ルーツの旅はこれからもずっと続いていくだろうな。
長くなっちゃった音を聴きながらだとあっと言う間でした。
ebisuの音ほんといいよ。
最後までお付き合い、ありがとう。
明日は老人ホーム二ヵ所にて音種だ。
楽しもう。